Column
never young beachと嗚咽の正体



ライブに行くと決まって、歓喜や興奮、感動を通り越して嗚咽してしまうバンドがいる。

今かつてない盛り上がりを見せている日本のインディー・シーンにおいて、決して同世代が故の誇らしさという理由だけでは説明出来ないほどの多幸感と涙に僕が何時も襲われてしまうのが、1970年代の日本語フォークを彷彿させるような歌詞を、心地良いトリプルギターのアンサブルに乗せる5人組。
誰かがそのライブを見て「トロピカルジュースの中に居るよう」と形容した”never young beach”だ。

never young beachが好きだ。

まるで人生のような夏に、まるで夏のような人生。 長いようで短くて、短いようで気怠くて、長くて。 いつだってふざけながら、小突き合いながら、 最後の日だっていつもと変わらず、微笑んで終わるような。

この感覚には、何度か会ったことがある。 Homecomingsに、The SALOVERSに、どついたるねんに。 あこがれでもなく、哀愁でもなく、自己陶酔でもなく、 彼らの青春に会いに行っているのかもしれない。 彼らの青春に参加したいという、ちょっぴりの羨望と一緒に。

2016年に2ndアルバム”fam fam”をリリースして、 夏だから!なんて理由を飛び越えた多幸感を見せてくれた 彼ら。言葉にするなんて野暮かもしれないけれど、ここまで好きで、嗚咽までしてしまうのには少なからず理由があるはず。

Yogee New Wavesが刹那性と逃避と激情を”Life is Short, Not Show Time” と、 LUCKY TAPESが沸騰しそうな体温と官能を”Life is Fantasy”と、 Suchmosが潔さとグルーヴを”LIFE EASY”とそれぞれの人生観を歌うのなら、 彼らにはきっとそれが無い。強いて表現するのなら”Life is Life”だろうか? 難しいことを考えずに、トロピカルな音の波に漂っていられるのだ。

芸術を定義付けることは出来ないし、ましてやシティポップ等のジャンルで括ってマクロ的視点で論じることは何の意味も為さない。ただ少しでも、彼らによって僕にもたらされる嗚咽の正体、その輪郭を少しでも探っていこう。

1.芸術の圧倒的勝利と労働からの解放

風に揺れる洗濯物をふと眺めること、昼ご飯はどうしようかと街を彷徨くこと。彼らが紡ぐ物語の中でいわゆる”日常”と呼ばれる時間は、我々同世代の会社員にとっては休日であることを、勝手ながら前提とさせて頂いて筆を進めよう。

彼らのライブを見た時の涙の出自は、ダンサーインザダークのラストに訪れる無常感とはかけ離れていて、幸せの黄色いハンカチのラストと似ているが違うもの。例えるならニューシネマパラダイスで、群衆に向けた街の広場の即興映画館が完成したときのような、芸術がすべてを圧倒してしまうような、奇跡のような瞬間の感情かもしれない。

戦時中のシチリアにおける唯一の娯楽と比べるのは分不相応であるかもしれないが、彼らは働く人々にとっては、休日の音楽と呼ぶのに相応しいと考えている。平日の夜、帰り道電車の中で聞いても反応しない涙腺が、休日にビールを飲みながら聴くと、一気に解放されるのだ。

日々にしがらみはあるかもしれないし、休日だって仕事のことを頭から完全に排除することは難しいかもしれないけれど、この時ばかりは全身で音楽を受け止めることを僕たちは許される。

そう、僕たちは許されるのだ。

その時はきっと、仕事のことは頭から消えている。 芸術の完全な勝利に対する感動と誇り、そしてそれが刹那のこと、という僅かの憂いは、涙の理由と言えるだろう。

2.50年目の若大将

1963年に公開された加山雄三主演の「ハワイの若大将」は、ハワイがアメリカで50番目の州になった1959年以来、天然色でハワイの景色を初めて広く日本国民に啓蒙することとなった。
簡単に手が出せないほど高額だけれど<いつかはハワイ>とお金を貯め、ハワイアンでステップを踏んで、1966年に建てられた常磐ハワイアンセンター(現在のスパリゾートハワイアンズ)に足を運んだ。
漫画「僕はビートルズ」でも、主人公がタイムスリップした日本でロックンロールを奏でても、「ハワイアンを聴きにきたんだ」と一蹴されていたように、当時の人々はメディアを通じて未だ見ぬ楽園に憧れていたのだ。

労働からの解放と、楽園への憧れ。

精神的に余りにも満たされすぎている現代に、当時の人々が体験したすべての文脈を辿って論じることは出来ないが、解放と憧れを理由に、ハワイーひいてはその楽園の伝道者であるアグネス・ラムや加山雄三は愛されていたのかもしれない。

”幸せだなあ 僕はきみといるときがいちばん幸せなんだ 僕は一生君を離さないよ 良いだろう?”

かつて若大将はこんなにもシンプルな、ストレートな言葉で愛を語ってみせた。

“明るい未来の話 寒い夜でも君と二人で
ふざけたダンスを踊ろう いつまでもそばにいてくれよ"

奇しくも「君といつまでも」の50年後にデビューした never young beachは、「YASHINOKI HOUSE」では じりじりと照りつける太陽の下でレイジーに漂っていたような、声を飛び越えてシャウトさせながら今年、「明るい未来」を唄った。

どこか若大将を彷彿させるような太く優しい声で、 シンプルな言葉で愛を語るのだ。

最初にも記したように、こんなにも素晴らしい芸術は言葉にしない方が良いかもしれない。またシンプルに、楽園に連れて行ってくれるようなアンサンブルが、涙腺にカタルシスをもたらすのだと語っても良いかもしれない。

けれど、彼らと同世代で、社会と情報に飲まれているという文脈の上に生きている僕たちは「許されている」という瞬間に出会うことで涙を流してしまうのだ、きっと。

僕たちは音楽のこと以外何も考えない時間を過ごすことを許されている。
僕たちはこんなにシンプルな言葉で愛を語ることを許されている。
僕たちはまだ、子供でいることを許されている。

冬だって、トロピカルジュースで乾杯しよう。

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